
美容室でスタッフが辞めるとき、店の現金は売上より先に動きます
フランチャイズに加盟して美容室を営んでいると、スタッフから退職の申し出を受ける場面があります。このときまず頭に浮かぶのは、席が空いた分の売上をどう埋めるかという話です。ところが口座の動きを追っていくと、売上が落ちるよりも先に、支払いの側で現金が動き始めています。この記事では、人がひとり抜けるときに美容室の現金がどこで動くのかを時間の順に整理し、自店の数字で確かめる手順までをまとめます。2026年8月時点の法令・制度にもとづく内容です。
資金繰りは、席ではなく支払いの並びから見ます
「美容室 資金繰り」で調べると、運転資金は固定費の何か月分を持つべきかという目安や、資金繰り表の作り方、調達手段の比較といった記事が並びます。どれも土台になる話ですが、いずれも平常運転を前提にしています。人がひとり抜ける月は、その平常運転の前提が崩れる月です。
加えて、従業員の給与や役員報酬は、事業活動に必要な経費として運転資金の対象になります。人にまつわる支出は、資金使途のうえでも資金繰りのうえでも店の中心に置かれた費目です。その費目が動く月に何が起きるのかを、順に見ていきます。
スタッフがひとり抜けるとき、現金が動く4つの場所
1つ目:最後の給与が、いつもの支払日より前に出ることがあります
給与は毎月決まった日に払うものとして、資金繰りの表を組むのが通常の形です。ところが労働基準法第二十三条は、労働者の退職の場合において権利者の請求があったときは、七日以内に賃金を支払い、労働者の権利に属する金品を返還しなければならないと定めています。
請求を受けてはじめて動く定めですので、いつもの支払日のままで済む場合もあります。ただし請求が入った月は、想定していた支払日より前に現金が出る可能性がある、という前提で残高を見ておく形になります。ほかの支払いが月末に集まっている店では、資金の谷が一段深くなります。
2つ目:社会保険料は、辞めた翌月末にも出ていきます
厚生年金保険法第八十三条第一項は、毎月の保険料は翌月末日までに納付しなければならないと定めています。保険料は被保険者と事業主がそれぞれ半額を負担し、納付する義務を負うのは事業主です(同法第八十二条)。
資金繰りのうえで意識から抜けやすいのが、この時間差です。退職した月に関する保険料は、その翌月の末日に事業主の口座から出ていきます。スタッフが辞めた翌月は、その人の売上は立っていないのに、その人に関する保険料の支払いだけが残っている状態になります。
もうひとつ、同法第十九条第一項は、被保険者期間を、資格を取得した月から資格を喪失した月の前月までで数えると定めています。退職日の置き方によって、事業主が納める月数が一か月分変わる場面があるということです。ただし個別の取り扱いは事情によって変わりますので、具体的な判断は社会保険労務士などの専門家にご確認ください。
3つ目:担当していた客の売上は、次の人が育つ前に減ります
美容室の売上は、店ではなく人に付いている部分があります。指名で来ていた客が担当者の退職後にそのまま店に残るかどうかは、店ごとに事情が違います。ここで避けたいのは、残る割合を仮に置いて計画を作ることです。
数字として確かなのは、抜ける人が直近数か月で実際に上げていた売上の額です。仮定を置く前に、まず実額を拾います。そのうえで、いつからその売上が立たなくなるのかを月に落とし込みます。売上の側は、支払いの側と違って日付が確定していない分、幅を持たせて見ておく形になります。
4つ目:採用と立ち上がりの費用が、売上が戻る前に先に出ます
抜けた分を埋めるために動くと、求人の掲載費用などの支出が発生します。人が決まったあとも、その人が指名を取って売上を立てるまでには時間がかかります。その間の給与は、売上が戻る前に払う形になります。
退職から次の人が戦力になるまでの期間は、出ていく側が先に増え、入ってくる側が後から戻ります。この順番が、人の抜けた月の資金繰りを説明する軸です。
自店の数字で確かめる5つの手順
ここまでの4つを、自分の店の金額に置き換えます。使うのは通帳と給与の記録、そして直近の売上データだけです。
- 退職の申し出を受けた月を起点に、翌月・翌々月までの3か月ぶんのカレンダーを用意します。
- その3か月に日付が確定している支払いを書き出します。給与、社会保険料(翌月末)、家賃、材料の仕入、本部への支払い、借入の元利金が中心になります。
- 抜ける人に紐づく売上を、直近3か月の実額で拾います。指名や担当で分けられる記録があれば、そこから取ります。
- 求人と教育に使う予定の支出のうち、金額と時期が決まっているものだけを足します。決まっていないものは、この段階では入れません。
- 各月末の残高を計算し、いちばん薄くなる月と、その不足額を確定させます。
この作業でほしいのは、正確な予測ではありません。どの月がいちばん薄いのかという一点です。そこが決まると、次に動かせる打ち手が絞り込めます。
💬 執筆者の小峰から一言
信用金庫で融資を出す側にいたころ、美容室の相談で最初に出てくるのは席数と客単価の話でした。当社グループの創業融資支援は712件、うち美容関連は101件です(いずれも2026年6月時点)。件数を重ねて見えてくるのは、人が動いた月の残高を決めているのが売上ではなく支払いの日付だ、という点です。
薄い月が見えたあとに動かせる順番
不足が出る月を特定できたら、動かしやすいものから順に手を付けます。
最初に見るのは、自店の中で完結する支払いの並べ替えです。仕入の量や時期、設備の入れ替えの予定など、日付を後ろにずらせるものがあるかを確認します。相手のある話ではありますが、金融機関を通さずに動かせます。
次が、すでに借りている資金について、返済条件の見直しを取引先の金融機関に相談する道です。据置期間は元金の返済を止めて利息のみを支払う扱いで、制度上は5年以内の範囲で認められることがあります。ただし適用される返済期間や据置期間、利率は審査のうえ金融機関が決定するもので、申し込む側が選んで決められるものではありません。
三つ目が、新たに運転資金を借り入れる道です。日本政策金融公庫の場合、書類を提出してから実行までおおむね3週間から1か月が目安で、書類の準備を含めると2か月程度を見ておく形になります(2026年8月時点)。手元が薄くなる月が3か月先だと分かった時点で動き始めれば、この期間に間に合います。創業融資は創業前だけの制度ではなく、事業開始後おおむね7年以内も対象に含まれます。
いずれの道でも、金融機関に伝えるのは「人が抜けたので苦しい」という説明ではありません。手順で作った3か月の表そのものが、説明の材料になります。
よくあるご質問
退職者が出た月に運転資金を申し込むと、審査で不利になりますか。
審査では、就業経験、自己資金、事業計画の具体性、資金使途と調達額の整合、信用情報などをもとに判断されます。人員の増減そのものが評価の項目として置かれているわけではありません。資金使途と必要額を説明できる資料が手元にあるかどうかが、実際に見られる部分です。
人件費は運転資金の資金使途に入れられますか。
従業員の給与や役員報酬は、事業活動に必要な経費として運転資金の対象になります。資金使途は事業に必要な支出であることが前提ですので、個別の支出について判断に迷う場合は、申込先や専門家に確認しながら計画を整える形になります。
まとめ
美容室の資金繰りは、席が埋まるかどうかより先に、支払いの日付の並びで決まります。人がひとり抜ける月は、最後の給与、翌月末の社会保険料、担当客の売上、採用と立ち上がりの費用という4つが同時に動きます。退職の申し出を受けたら、3か月ぶんの支払いを日付順に並べて、いちばん薄い月と不足額を出してください。その1枚が、金融機関に相談するときの材料そのものになります。なお本記事は2026年8月時点の法令・制度にもとづくもので、内容は変更される場合があります。
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この記事を書いた人
小峰精公/Kiyotaka Komine
元朝日信用金庫 法人営業
資金繰り解決コンサルタント
V-Spirits総合研究所株式会社 常務取締役
大学卒業後、朝日信用金庫に入庫。朝日信用金庫での経験が原点となり、「銀行融資取引」や「資金繰り」の本質を企業へ伝えていくことがミッションだと確信する。
日本の99%は中小零細企業で成り立っている現状を痛感し、1社でも多くの企業の「資金繰り」の課題を解決していくことに専念する。
クライアント様がより良い商品やサービスを提供することができる環境づくりの一助となれるよう全身全霊を尽くす。

この記事を監修した人
多胡藤夫/Fujio Tago
元日本政策金融公庫支店長、社会生産性本部認定経営コンサルタント、ファイナンシャルプランナーCFP(R)、V-Spirits総合研究所株式会社 取締役
同志社大学法学部卒業後、日本政策金融公庫(旧国民金融公庫)に入行。約63,000社の中小企業や起業家への融資業務に従事し審査に精通する。
支店長時代にはベンチャー企業支援審査会委員長、企業再生協議会委員など数々の要職を歴任したあと、定年退職。
日本の起業家、中小企業を支援すべく独立し、その後、V-Spiritsグループに合流。
長年融資をする側の立場にいた経験、ノウハウをフル活用し、融資を受けるためのコツを本音で伝えている。


この記事を監修した人
中野裕哲/Nakano Hiroaki
税理士法人V-Spiritsグループ代表/税理士/行政書士/特定社会保険労務士/採用定着士/ファイナンシャルプランナー/起業コンサルタント/経営コンサルタント/大正大学招聘教授
税理士法人V-Spiritsグループ代表の中野裕哲は、中小企業経営者のために、税務・会計だけでなく、採用、人事、資金繰り、融資、補助金、助成金、営業、Webマーケティング、売上導線設計まで横断的に支援する実戦型経営税理士です。
経営の悩みは、突き詰めると「人・金・売上」に集約されます。中野裕哲は、大企業人事部、人材紹介会社の採用エージェント、中小企業の財務責任者、大手不動産会社での営業、出版・Web制作による集客導線構築など、幅広い実務経験をもとに、経営者の意思決定を支援します。
【対応領域】
税理士顧問、社労士顧問、補助金支援、助成金支援、資金調達支援、採用力診断、売上導線診断、経営参謀顧問。税務・会計・決算・節税に加えて、経営分析、労務管理、社会保険、助成金、採用体制づくり、融資、補助金、事業計画、営業戦略、Webマーケティング、出版、メディア活用まで一体的に相談できます。
中野裕哲は、家業の倒産危機からの壮絶な貧乏体験を原点に、お金で苦しむ経営者をひとりにしないことを掲げています。資金繰り、採用、売上づくりの壁に対して、経営者目線で伴走します。
【主な実績】
- 起業支援・経営支援の豊富な実績
- 起業相談件数3,000件以上
- 資金調達支援1,000件以上
- 大企業Webサイト多数監修
- 商業出版著書監修約32冊(累計30万部超)
V-Spiritsグループでは、融資・補助金・金融機関対応に詳しい社内役員チームも伴走します。元経済産業省系補助金審査員・事務局員、元日本政策金融公庫支店長、元信用金庫融資担当営業などの専門家が、補助金申請、事業計画、資金繰り、金融機関対応を実務面から支援します。
税理士顧問、社労士顧問、融資、補助金、助成金、採用、営業、マーケティングまで、経営者が本当に悩む領域をワンストップで相談できます。V-Spiritsグループは、起業支援・会社設立・創業融資・補助金助成金・税務会計・人事労務・許認可・経営顧問をワンストップで支援する、起業家・中小企業向けの専門家グループです。





























