
士業が異業種に展開するとき創業融資は使えるのか|対象になるケースの切り分け
行政書士や税理士として事務所を数年経営してきて、ITコンサルティングや人材紹介、システム開発といった異業種へ事業を広げたい。そう考えたときに出てくるのが、「新しく始める事業なのだから創業融資が使えるのではないか」という疑問です。
結論から申し上げると、士業の異業種展開で創業融資が使えるかどうかは、事業の始め方によって変わります。同じ事業を法人化するだけなのか、それとも別事業を行う法人を新たに設立するのかで、扱いがはっきり分かれます。ここを取り違えたまま準備を進めると、申し込む窓口も、用意する資料も、審査で見られるポイントも変わってしまいます。
この記事では、既に士業事務所を経営している方が異業種へ展開する場面に絞って、創業融資の対象になるケースとならないケースの切り分け、既存事業の実績が審査でどう働くか、そして異業種ゆえの未経験をどう補うかまでを整理します。記載の数字は2026年7月時点で確認したものです。制度・金利は変わりやすいため、申請時は日本政策金融公庫の最新情報をご確認ください。
まず押さえたい前提:制度の名称が変わっています
創業融資の情報を検索すると、いまも「新創業融資制度」や「新規開業資金」という名前を見かけます。しかしこれらは現在存在する制度ではありません。
- 日本政策金融公庫の主力となる創業融資は「新規開業・スタートアップ支援資金」です。2024年3月までの名称は「新規開業資金」で、2024年4月から現在の名称に改称・拡充されました
- 無担保・無保証の特例だった「新創業融資制度」は、2024年3月に廃止されています(現在は各融資制度に無担保・無保証の枠組みが組み込まれています)
士業の方であれば制度名の正確さには敏感だと思いますが、融資の解説記事は古い情報が残りやすい領域です。窓口で話をするときも、現行の名称で確認するほうがスムーズです。
創業融資の対象になるケース・ならないケース
異業種展開の進め方はいくつかありますが、創業融資との関係では次のように整理できます。
ケース1:既存の事業をそのまま法人化する「法人成り」
個人事業主として営んでいる士業事務所を、そのまま法人化するケースです。この場合、法人成りは原則として創業融資の対象外になります。既に事業実績があるとみなされ、通常の融資の扱いになるためです。
「法人としては設立したばかりだから創業にあたるのでは」と考えたくなる場面ですが、公庫が見ているのは法人の登記年数ではなく事業の実態です。ここは誤解が生まれやすいところなので、最初に押さえておきたい点です。
ケース2:別事業を行う法人を新たに設立する
士業事務所は個人事業のまま残し、ITコンサルティングなどの新規事業を行う法人を別に設立するケースです。この場合、個人事業主が営んでいる事業とは別の、新しい事業を行う法人を新たに設立することになるため、その新法人にとっては創業にあたり、創業融資を使うことができます。
異業種展開で創業融資を検討するのであれば、実務上はこの形が中心になります。ただし「別事業」といえる内容かどうかは事業の実態で判断されるため、既存の士業業務の延長にすぎない場合は同じ整理にならない可能性があります。
ケース3:既存の事務所のまま新規事業を始める
法人を新設せず、いまの事業体のなかで新しい収益の柱を作るケースです。この場合は新たな創業ではないため、通常の事業資金の融資として相談することになります。既存事業の決算内容がそのまま審査材料になります。創業融資の場合でも、決算が閉まっていたり、他に法人を持っている場合は他法人の決算内容を確認したりします。状況により確認する書類が変わります。
どのケースに当てはまるかで進め方が変わるため、資金の話を始める前に、事業をどの器で始めるのかを先に決めておくことをおすすめします。なお法人を新設する場合の設立登記の手続きそのものは司法書士の業務領域になりますので、具体的な進め方は司法書士にご確認ください。
創業融資を使う場合の制度と数字
ケース2のように新法人で創業融資を使う場合、中心になるのは日本政策金融公庫の「新規開業・スタートアップ支援資金」です。押さえておきたい数字を整理します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 融資限度額 | 7,200万円(うち運転資金4,800万円) |
| 基準利率(無担保・創業期=税務申告2期未了) | 年3.45〜5.15%(2026年6月1日現在) |
| 創業期の金利引下げ | 原則0.65%(雇用の拡大を図る場合は0.9%)引下げの可能性 |
| 担保・保証人 | 創業期は原則として無担保・無保証人で利用可能 |
| 返済期間 | 設備資金20年以内/運転資金は原則10年以内 |
| 据置期間 | 5年以内(据置中は利息のみ) |
ここでいう「創業期の方」とは、新たに事業を始める方、または事業開始後に税務申告を2期終えていない方を指します。士業事務所として何年も申告してきた実績があっても、新設した法人が2期を終えていなければ、その法人としては創業期にあたる整理です。
なお「雇用の拡大を図る場合」は対象者の区分ではなく、引下げ幅が0.65%から0.9%に変わる条件です。また実際の適用可否は利用する融資制度・審査・条件により異なる可能性があるため、必ず下がるものとして資金計画を組まないほうが安全です。
既存事業があることは審査でどう働くか
士業の異業種展開が、まったくの新規開業と違うのはこの点です。事業実績が既にあることは、有利にも不利にも働きます。
創業融資の審査では、事業として創業した実績がなくても、事業計画書や自己資金などをもとに判断されます。判断材料はこの2つだけではなく、経験や資金使途、面談の内容なども含めて総合的に見られます。
そのうえで、既存の士業事務所を数年経営してきた方には次のような特徴があります。
- 継続的な売上と確定申告の実績があるため、資金の流れを数字で説明しやすい
- 既存事業からの収益が新規事業の初期を支えられるかどうかを説明できる
- 一方で、既存事業の業績が芳しくない場合は、その状況も含めて見られることになる
新規開業の方が「実績がないこと」を計画の説得力で補うのに対して、既に事業を持つ方は「既存事業と新規事業の関係」を説明する必要があります。両者は別物の資金なのか、既存事業のキャッシュフローが新規事業を支える前提なのかを、はっきり書き分けておくと話が通りやすくなります。
「異業種=未経験」をどうカバーするか
異業種展開でほぼ必ず論点になるのが、その分野の経験です。ここは審査でも計画の説得力に直結します。
注意したいのは、一見もっともらしいカバー策が、実は弱いと受け取られやすいことです。「同業のメンターから定期的に助言を受けている」「専門技術や経理を業務委託でプロに任せている」といった対策は、経営そのものへの関与としては弱く、有効なカバー策とは言えません。
より説得力を持たせるには、事業経験者を役員として迎えるなど、事業運営に直接関わる体制を整えることが有効です。ITコンサルティングへの展開であれば、その領域で実務を担ってきた人を役員に迎え、意思決定に関与する形にするといった整理になります。
士業としての専門性そのものは強みですが、それは「新規事業の分野の経験」とは別物です。この2つを混ぜて書くと、かえって未経験の部分が見えにくくなり、面談で指摘されることになります。既存の専門性がどこまで新規事業に効くのかを、正直に切り分けて書くほうが結果的に伝わります。
資金使途の組み立て方
ITコンサルティングのような無形サービスの事業は、設備投資が軽く、資金の中心が運転資金に寄るという特徴があります。店舗や工場を持つ事業と比べて、何にお金を使うのかが見えにくくなりやすい領域です。
運転資金とは、事業を回していくために必要な資金のことです。人件費や役員報酬は、事業活動に必要な経費として運転資金の対象になります。資金使途はあくまで「事業に必要な支出」であることが前提のため、個別の支出が資金使途として認められるかどうか判断に迷う場合は、申請先や専門家に確認しながら計画を整えることをおすすめします。
また自己資金についてよくある誤解として、「総額の何分の1が必須」という要件があると思われがちですが、制度上、自己資金の額や割合の要件は決まっていません。ただし自己資金の額は審査の重要な判断材料であり、多いほど有利になりやすいという関係にあります。面談の時点で口座に確認できる形にしておくことが基本です。
スケジュールの目安
創業融資は、申し込んですぐ資金が出るものではありません。書類提出後、融資実行までおおむね3週間から1か月程度が目安です。創業計画書や自己資金のエビデンス、見積書などを整える時間を含めると、申請準備に1か月、審査・実行に1か月で、合計2か月程度を見ておくと安全です。
法人を新設して創業融資を使う場合は、この期間の前に法人設立の手続きが入ります。新規事業の開始時期から逆算して、いつまでに器を用意するのかを決めておくと、資金が間に合わないという事態を避けやすくなります。
よくある質問
士業事務所を法人化して、同時に新規事業も始める場合はどうなりますか
同じ事業をそのまま法人化する部分は法人成りにあたり、原則として創業融資の対象外です。一方で、既存の士業業務とは別の新規事業を行う法人を新たに設立するのであれば、その新法人にとっては創業にあたります。実態としてどちらに近いかで扱いが変わるため、事業の切り分け方を整理したうえで、事前に申請先へ確認することをおすすめします。
既存の事務所で借入が残っていると、新法人の創業融資に影響しますか
代表者が同一である以上、既存の借入状況も含めて見られる可能性があります。返済が順調であることは説明材料になりますし、逆に延滞があれば説明が必要になります。既存事業の返済状況を整理したうえで相談に臨むほうが、話がスムーズです。
一度審査に落ちると、次回の審査に影響しますか
日本政策金融公庫は個人信用情報機関に加盟していますが、審査に落ちたこと自体が信用情報に記録されることはありません。一方で、公庫内には審査に落ちた記録が残ります。そのため次の審査では、落ちたことを考慮に入れた形になるため、慎重に扱われる可能性があります。
否決された直後にすぐ再申請してもよいですか
原因を潰さずに再申請しても、結果は変わりません。自己資金不足、事業計画の説得力不足、業界未経験への対策不足など、否決の理由を具体的に特定し、そこを改善したうえで再申請することが必要です。
新規事業の税務処理はどう考えればよいですか
事業を分けた場合の会計・税務の取り扱いは個別の事情によって判断が変わります。ご自身が税理士でない場合はもちろん、専門領域が異なる場合も、税理士に確認しながら進めることをおすすめします。
まとめ
士業の異業種展開における創業融資について、押さえておきたいポイントを整理します。
- 同じ事業をそのまま法人化する法人成りは、原則として創業融資の対象外で、通常の融資の扱いになります
- 個人事業とは別の新しい事業を行う法人を新たに設立する場合は、その新法人にとって創業にあたるため創業融資を使えます
- 使う制度は日本政策金融公庫の「新規開業・スタートアップ支援資金」です。「新創業融資制度」は2024年3月に廃止されており、現役の制度ではありません
- 限度額は7,200万円(うち運転資金4,800万円)、無担保・創業期の基準利率は年3.45〜5.15%(2026年6月1日現在)、据置期間は5年以内です
- 既存事業があることは説明材料にも検討材料にもなります。既存事業と新規事業の関係を書き分けておくことが重要です
- 異業種の未経験は、メンターの助言や業務委託では補いにくく、事業経験者を役員に迎えるなど運営に直接関わる体制が有効です
士業として制度に詳しいからこそ、自分の案件になると「どちらの扱いになるのか」で迷いやすい領域です。事業をどの器で始めるのかを先に決めることが、そのまま融資の進め方を決めることになります。判断に迷う点があれば、計画を作り込む前の段階で相談しておくと、後戻りが少なく済みます。
【無料相談のご案内】
融資を受けるには何から始めればいいの?といった疑問に対して適切なアドバイスを無料にて行っております。
無料相談も行っているので、ぜひ一度、ご相談ください。お問い合わせお待ちしております!

この記事を書いた人
小峰精公/Kiyotaka Komine
元朝日信用金庫 法人営業
資金繰り解決コンサルタント
V-Spirits総合研究所株式会社 常務取締役
大学卒業後、朝日信用金庫に入庫。朝日信用金庫での経験が原点となり、「銀行融資取引」や「資金繰り」の本質を企業へ伝えていくことがミッションだと確信する。
日本の99%は中小零細企業で成り立っている現状を痛感し、1社でも多くの企業の「資金繰り」の課題を解決していくことに専念する。
クライアント様がより良い商品やサービスを提供することができる環境づくりの一助となれるよう全身全霊を尽くす。

この記事を監修した人
多胡藤夫/Fujio Tago
元日本政策金融公庫支店長、社会生産性本部認定経営コンサルタント、ファイナンシャルプランナーCFP(R)、V-Spirits総合研究所株式会社 取締役
同志社大学法学部卒業後、日本政策金融公庫(旧国民金融公庫)に入行。 約63,000社の中小企業や起業家への融資業務に従事し審査に精通する。
支店長時代にはベンチャー企業支援審査会委員長、企業再生協議会委員など数々の要職を歴任したあと、定年退職。
日本の起業家、中小企業を支援すべく独立し、その後、V-Spiritsグループに合流。
長年融資をする側の立場にいた経験、ノウハウをフル活用し、融資を受けるためのコツを本音で伝えている。

この記事を監修した人

中野裕哲/Nakano Hiroaki
税理士法人V-Spiritsグループ代表/税理士/行政書士/特定社会保険労務士/採用定着士/ファイナンシャルプランナー/起業コンサルタント/経営コンサルタント/大正大学招聘教授
税理士法人V-Spiritsグループ代表の中野裕哲は、中小企業経営者のために、税務・会計だけでなく、採用、人事、資金繰り、融資、補助金、助成金、営業、Webマーケティング、売上導線設計まで横断的に支援する実戦型経営税理士です。
経営の悩みは、突き詰めると「人・金・売上」に集約されます。中野裕哲は、大企業人事部、人材紹介会社の採用エージェント、中小企業の財務責任者、大手不動産会社での営業、出版・Web制作による集客導線構築など、幅広い実務経験をもとに、経営者の意思決定を支援します。
【対応領域】
税理士顧問、社労士顧問、補助金支援、助成金支援、資金調達支援、採用力診断、売上導線診断、経営参謀顧問。税務・会計・決算・節税に加えて、経営分析、労務管理、社会保険、助成金、採用体制づくり、融資、補助金、事業計画、営業戦略、Webマーケティング、出版、メディア活用まで一体的に相談できます。
中野裕哲は、家業の倒産危機からの壮絶な貧乏体験を原点に、お金で苦しむ経営者をひとりにしないことを掲げています。資金繰り、採用、売上づくりの壁に対して、経営者目線で伴走します。
【主な実績】
- 起業支援・経営支援の豊富な実績
- 起業相談件数3,000件以上
- 資金調達支援1000件以上
- 大企業Webサイト多数監修
- 商業出版著書監修約32冊(累計30万部超)
V-Spiritsグループでは、融資・補助金・金融機関対応に詳しい社内役員チームも伴走します。元経済産業省系補助金審査員・事務局員、元日本政策金融公庫支店長、元信用金庫融資担当営業などの専門家が、補助金申請、事業計画、資金繰り、金融機関対応を実務面から支援します。
税理士顧問、社労士顧問、融資、補助金、助成金、採用、営業、マーケティングまで、経営者が本当に悩む領域をワンストップで相談できます。V-Spiritsグループは、起業支援・会社設立・創業融資・補助金助成金・税務会計・人事労務・許認可・経営顧問をワンストップで支援する、起業家・中小企業向けの専門家グループです。





























