
ITエンジニアの創業融資:実績なし・無形サービスでも融資は通るか
フリーランスや会社員として腕を磨いてきたエンジニアが、いざ独立・起業しようとすると「これまでの開業実績がない」「店舗や機械のような目に見える資産を持っていない」という不安に直面します。飲食店や製造業のように目に見える設備投資がないIT事業は、金融機関に評価されにくいのではないかと考えてしまう方も少なくありません。
結論から言えば、実績なし・無形資産が中心のIT事業でも創業融資を受けることは十分に可能です。この記事では、ITエンジニアが創業融資を検討するときに知っておきたい制度の基本、審査で見られるポイント、そしてIT事業ならではの注意点を、起業直後の個人事業主・中小企業の方にもわかりやすく整理します。(本記事は執筆時点の公的情報をもとにしています。最新の条件は必ず公式情報でご確認ください。)
ITエンジニアの創業融資が「通りにくい」と言われる理由
IT・Web系の創業融資が難しいと語られがちなのには、いくつかの背景があります。まずは「なぜそう言われるのか」を理解しておくと、対策が立てやすくなります。
- 事業の価値が数字で見えにくい:システム開発やWeb制作は、パソコンとスキルがあれば始められる反面、在庫や大型設備のような形のある資産を持ちにくい業種です。そのぶん、事業の将来性を計画や実績で具体的に示す工夫が求められます。
- 売上が「受注」次第で読みにくい:在庫を抱えて販売する事業と違い、案件の受注状況によって売上が変動します。創業時点で確定した受注がないケースも多く、計画の説得力が問われます。
- 事業内容が専門的で伝わりにくい:審査担当者がITの技術内容に必ずしも詳しいとは限らないため、専門用語のまま説明すると事業の将来性が伝わりにくくなります。
裏を返せば、これらは「準備の仕方」でカバーできる課題です。設備が少ないということは必要資金が小さく済むという長所でもあり、計画と説明の工夫で十分に評価を得られます。
実績なし・無形サービスでも創業融資は受けられる
創業期の資金調達でまず検討したいのが、日本政策金融公庫(公庫)の創業者向け融資です。公庫は政府系金融機関で、これから事業を始める人や創業まもない事業者の支援を目的としているため、民間金融機関に比べて創業段階でも相談しやすいのが特徴です。
公庫の「新規開業・スタートアップ支援資金」は、2024年4月に従来の新創業融資制度を統合する形で拡充されました。執筆時点の主な内容は次のとおりです。
- 融資限度額:7,200万円(うち運転資金4,800万円)
- 返済期間:設備資金は20年以内、運転資金は10年以内(いずれも据置期間を含む)
- 据置期間:最大5年以内
- 基準利率:税務申告2期以内の方の場合は、基準金利より0.65%<雇用拡大を図る場合は0.9%>の引下げが適用される可能性があります
ポイントは、これらの創業者向け融資が、過去の事業実績や保有資産の多さよりも、事業計画の妥当性と本人の経験を中心に評価される点です。形のある資産を持ちにくいIT事業にとっても、計画と説明の質を高めれば十分に評価を得られる仕組みになっています。また、従来制度で求められていた自己資金要件は撤廃されましたが、後述のとおり審査の実務では自己資金の準備状況は引き続き重視されます。条件は変更されることがあるため、申請前に公庫の公式サイトで最新の内容を確認してください。
審査で見られる3つのポイント
実績がなくても、公庫の審査は「この人なら返済できそうか」を多角的に見ています。IT事業者が特に意識したい3つのポイントを整理します。
1. これまでの経験・スキル
創業時に過去の事業実績がないのは当然のことです。そのため審査では、本人がその事業を遂行できるだけの経験・スキルを持っているかが重視されます。エンジニアであれば、同じ分野での実務経験年数、担当してきた開発・制作の内容、保有資格などが評価材料になります。「会社員時代に何を任され、どんな成果を出したか」を具体的に示せると説得力が増します。
2. 事業計画と売上の根拠
無形サービス業で最も問われるのが、売上計画の根拠です。「月にいくら売れるか」を希望的観測で書くのではなく、想定単価×稼働日数(または案件数)といった積み上げで示します。すでに取引が見込めるクライアントや、独立後に継続が見込める案件があれば、それも計画の裏づけになります。受注がまだ確定していない場合でも、見込み客への営業状況や問い合わせ実績を添えると現実味が出ます。
3. 自己資金の準備状況
自己資金要件そのものは撤廃されましたが、コツコツ貯めてきた自己資金は「計画性」と「本気度」を示す材料として審査で引き続き重視されます。一般に、希望融資額に対して一定割合の自己資金があると評価されやすい傾向があります。通帳で着実に積み立ててきた経緯が確認できると、より好印象につながります。
IT事業ならではの注意点
IT・Web系の創業融資には、業種特有の押さえどころがあります。
- 資金の中心は「運転資金」になりやすい:大きな設備投資が不要な分、開業当初の生活費・外注費・広告費・サーバー費用といった運転資金の見積もりが計画の中心になります。売上が安定するまでの数か月分の運転資金を織り込んでおくと安心です。
- 専門内容はかみ砕いて説明する:事業計画書は、ITに詳しくない人が読んでも事業の流れと収益構造が理解できる言葉で書くことが大切です。「誰の・どんな課題を・どう解決して・いくら受け取るか」をシンプルに示しましょう。
- 無形資産は「実績の見える化」で補う:ポートフォリオ、過去の制作実績、契約見込みの資料など、自分のスキルと受注力を客観的に示せる材料をそろえておくと、事業の信頼性が高まります。
融資を成功させるための準備
申請前にやっておきたい準備を、順番に整理します。
- 事業計画書を「経験・スキル」「市場と顧客」「売上根拠」「資金使途」「返済計画」の流れで組み立てる
- 自己資金の積み立て経緯がわかる通帳を準備する(出所が不明瞭な資金は避ける)
- 見込み顧客・継続案件・問い合わせ実績など、売上の裏づけになる資料を集める
- 必要資金を設備資金と運転資金に分け、それぞれの根拠を明確にする
- 創業前から税金・公共料金の支払い遅延がないか、信用情報の状態を確認しておく
「必ず借りられる」と断言できる融資はありませんが、準備の質を高めることで通過の可能性は着実に上がります。判断に迷う点があれば、創業融資の実務に詳しい専門家に早めに相談するのも有効です。
よくある質問(FAQ)
実績がまったくなくても申請できますか?
はい、これから創業する方を対象とした制度なので、事業としての実績がなくても申請できます。実績の代わりに、本人の経験・スキルと事業計画の妥当性で評価されます。
自己資金がゼロでも融資は受けられますか?
自己資金要件は撤廃されたため形式上は申請可能ですが、審査の実務では自己資金の準備状況が重視されます。ゼロに近いと計画性の面で評価が下がりやすいため、可能な範囲で準備しておくことをおすすめします。
受注がまだ決まっていない段階でも大丈夫ですか?
創業前は受注が確定していないのが通常です。確定案件がなくても、見込み客への営業状況や過去のクライアントとの関係性など、売上につながる根拠を示せれば計画の説得力を補えます。
まとめ
ITエンジニアの創業融資は、「実績がない」「形のある資産がない」という理由だけで諦める必要はありません。日本政策金融公庫の新規開業・スタートアップ支援資金は、過去の実績や保有資産の多さよりも事業計画と本人の経験を重視して評価される制度で、設備が少ないIT事業との相性は決して悪くありません。審査では、これまでの経験・スキル、根拠のある事業計画、自己資金の準備状況が見られます。専門内容をかみ砕いて伝え、売上の裏づけをそろえることで、無形資産が中心の事業でも十分に評価を得られます。準備の進め方に不安があれば、創業融資に強い専門家のサポートを活用しながら、着実に一歩を踏み出していきましょう。
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この記事を書いた人
小峰精公/Kiyotaka Komine
元朝日信用金庫 法人営業
資金繰り解決コンサルタント
V-Spirits総合研究所株式会社 常務取締役
大学卒業後、朝日信用金庫に入庫。朝日信用金庫での経験が原点となり、「銀行融資取引」や「資金繰り」の本質を企業へ伝えていくことがミッションだと確信する。
日本の99%は中小零細企業で成り立っている現状を痛感し、1社でも多くの企業の「資金繰り」の課題を解決していくことに専念する。
クライアント様がより良い商品やサービスを提供することができる環境づくりの一助となれるよう全身全霊を尽くす。

この記事を監修した人
多胡藤夫/Fujio Tago
元日本政策金融公庫支店長、社会生産性本部認定経営コンサルタント、ファイナンシャルプランナーCFP(R)、V-Spirits総合研究所株式会社 取締役
同志社大学法学部卒業後、日本政策金融公庫(旧国民金融公庫)に入行。 約63,000社の中小企業や起業家への融資業務に従事し審査に精通する。
支店長時代にはベンチャー企業支援審査会委員長、企業再生協議会委員など数々の要職を歴任したあと、定年退職。
日本の起業家、中小企業を支援すべく独立し、その後、V-Spiritsグループに合流。
長年融資をする側の立場にいた経験、ノウハウをフル活用し、融資を受けるためのコツを本音で伝えている。

この記事を監修した人

中野裕哲/Nakano Hiroaki
税理士法人V-Spiritsグループ代表/税理士/行政書士/特定社会保険労務士/採用定着士/ファイナンシャルプランナー/起業コンサルタント/経営コンサルタント/大正大学招聘教授
税理士法人V-Spiritsグループ代表の中野裕哲は、中小企業経営者のために、税務・会計だけでなく、採用、人事、資金繰り、融資、補助金、助成金、営業、Webマーケティング、売上導線設計まで横断的に支援する実戦型経営税理士です。
経営の悩みは、突き詰めると「人・金・売上」に集約されます。中野裕哲は、大企業人事部、人材紹介会社の採用エージェント、中小企業の財務責任者、大手不動産会社での営業、出版・Web制作による集客導線構築など、幅広い実務経験をもとに、経営者の意思決定を支援します。
【対応領域】
税理士顧問、社労士顧問、補助金支援、助成金支援、資金調達支援、採用力診断、売上導線診断、経営参謀顧問。税務・会計・決算・節税に加えて、経営分析、労務管理、社会保険、助成金、採用体制づくり、融資、補助金、事業計画、営業戦略、Webマーケティング、出版、メディア活用まで一体的に相談できます。
中野裕哲は、家業の倒産危機からの壮絶な貧乏体験を原点に、お金で苦しむ経営者をひとりにしないことを掲げています。資金繰り、採用、売上づくりの壁に対して、経営者目線で伴走します。
【主な実績】
- 起業支援・経営支援の豊富な実績
- 起業相談件数3,000件以上
- 資金調達支援1000件以上
- 大企業Webサイト多数監修
- 商業出版著書監修約32冊(累計30万部超)
V-Spiritsグループでは、融資・補助金・金融機関対応に詳しい社内役員チームも伴走します。元経済産業省系補助金審査員・事務局員、元日本政策金融公庫支店長、元信用金庫融資担当営業などの専門家が、補助金申請、事業計画、資金繰り、金融機関対応を実務面から支援します。
税理士顧問、社労士顧問、融資、補助金、助成金、採用、営業、マーケティングまで、経営者が本当に悩む領域をワンストップで相談できます。V-Spiritsグループは、起業支援・会社設立・創業融資・補助金助成金・税務会計・人事労務・許認可・経営顧問をワンストップで支援する、起業家・中小企業向けの専門家グループです。




























