
病院の資本強化に新制度:政府が導入する資本性劣後ローンの全貌と活用法
1. はじめに:病院経営と資本不足の現実
近年、地域医療を支える中小規模の病院では、慢性的な資金繰りの悪化や財務体質の弱さが顕在化しています。とくにコロナ禍以降、感染対策のための投資や外来・入院患者数の減少により、収益構造が不安定になった病院は少なくありません。
さらに、2024年以降は人件費の上昇や光熱費・資材価格の高騰といった外部要因も重なり、多くの医療法人が経常赤字や債務超過といった深刻な財務リスクを抱えています。加えて、医療法人は収益性の高い事業(不動産賃貸など)を制限されているため、財務基盤の強化には限界があるのが現状です。
そうした中、「返済負担を抑えながらも、自己資本を厚くする方法がないか」と模索する病院経営者や財務担当者が増えています。従来の融資では、債務が増える一方で金融機関の評価が下がるというジレンマがあり、打ち手を失っていた方も少なくありません。
このような課題に対して、政府が新たに打ち出したのが病院向けの資本性劣後ローン制度です。
2. 注目の新制度:病院向け資本性劣後ローンとは
政府は2025年11月、インフレや物価高で経営が厳しい病院の支援を目的とした新たな資本性劣後ローン制度を創設する方針を発表しました。これは、救命救急や急性期医療などを担う基幹病院を主な対象とし、2026年早期の運用開始を目指す政策です。
この融資制度の実施主体として想定されているのが、厚生労働省所管の福祉医療機構(WAM)です。既存のWAM融資と同様に、無担保での貸付けや、金利・返済面での柔軟な設計が予定されていますが、最大の特徴はこの融資が金融機関の資産査定上「自己資本の一部」とみなされる点にあります。
つまり、形式上は借入金でありながら、バランスシート上では資本として評価されることで、他の金融機関からの借入がしやすくなるという効果が期待できます。これが「資本性劣後ローン」と呼ばれるゆえんです。
さらに、返済についても通常のローンとは異なり、
- 元本返済は期限まで猶予される(=途中返済不要)
- 利払いのみでの運用が可能
- 金利は病院の業績に連動して変動する可能性あり
といった点で、経営が不安定な医療法人にとっても導入しやすい設計が検討されています。
政府はこの制度を、新たな経済対策パッケージの一環として位置付けており、医療・介護分野への集中的な支援を進めることで、地域の医療提供体制の維持・再編を支援する狙いもあります。
3. 通常の融資と何が違うのか?
ここで、通常の融資と資本性劣後ローンとの違いを整理しておきましょう。
| 項目 | 通常の融資 | 資本性劣後ローン |
| 金融機関の評価 | 借入金として負債扱い | 自己資本として評価される |
| 元本返済 | 分割で毎月返済 | 満期一括返済(猶予あり) |
| 担保の必要性 | 無担保の場合もあり | 原則無担保(日本政策金融公庫の2025年時点の現行制度) |
| 金利 | 固定または変動 | 業績連動型など柔軟な設定 |
| 他融資への影響 | 債務比率が悪化しやすい | 自己資本比率改善で融資を呼び込む |
| 財務改善への効果 | 限定的 | 自己資本比率を高め、健全性向上 |
上記のとおり、資本性劣後ローンは形式上は融資でありながら、財務上は資本として機能するため、他の借入の足かせになるどころか、新たな資金調達の“呼び水”となるという特性を持っています。
また、元本返済が長期間不要となる点も大きな特徴で、資金繰りを圧迫せずに済むのは中小病院にとって非常に大きなメリットといえるでしょう。
4. なぜ今、病院にこの制度が必要なのか
医療法人の経営環境は、年々厳しさを増しています。厚生労働省の2024年度データによると、病院全体の”経常利益率はマイナス0.2%”と赤字傾向にあり、とくに急性期医療を担う大規模病院ほど財務負担が重くなっています。
一方、無床の診療所では利益率6%超と黒字傾向にありますが、入院対応や24時間体制を要する中小病院では、コスト構造に対して収益が追いつかないケースが目立ちます。
加えて、以下のような外部環境が資金繰りを圧迫しています:
- 医療材料・エネルギーコストの高騰
- スタッフ確保のための賃上げ圧力
- 人口減少に伴う患者数の減少(特に産科・小児科)
- 地域医療連携・病床再編の推進による役割の変化
こうした状況下で、銀行から新たな融資を受けようとしても、自己資本比率の低下や既存借入の多さを理由に”「融資が通らない」「条件が厳しい」”という声が相次いでいます。
そこで求められていたのが、自己資本を実質的に増強できる柔軟な資金調達手段です。まさに、資本性劣後ローンはこのニーズにマッチする制度といえるでしょう。
5. 新制度の対象と想定される条件
今回政府が創設を目指す新しい資本性劣後ローン制度は、救命救急や急性期医療を担う基幹病院を主要対象としながらも、今後の制度設計次第では中小規模の病院にも門戸が開かれる可能性があります。
厚労省が発表した制度案の特徴は以下のとおりです:
- 返済期限までは利息のみ支払い(元金返済猶予)
- 金融機関の評価上は自己資本として扱われる
- WAM(福祉医療機構)による実施を想定
- 無担保でも最大7億2000万円の融資可能(既存制度参考)
また、既存の「ゼロゼロ融資」制度と同様に、職員の処遇改善や医療提供体制の維持を条件とする方向で調整されており、地域医療を支える病院としての姿勢も審査に影響することが予想されます。
これにより、医療法人にとっては、ただの借入ではなく、資本性を持つ戦略的資金調達手段として制度を活用できる道が開けます。
6. どう活用できるか:経営改善のための活用戦略
資本性劣後ローンの真価は、「資金繰りの一時的な改善」にとどまりません。長期的には、以下のような経営改善効果が期待できます:
自己資本比率の改善と金融評価の向上
このローンは、会計上は借入金でも、金融機関からは資本と評価されるため、自己資本比率を改善した形で見せることができます。これにより、信用格付けが改善し、民間銀行からの追加融資が通りやすくなるケースが想定されます。
協調融資の呼び水に
WAMからの資本性劣後ローンを受けることで、他の銀行も「自己資本が厚くなった」と判断し、協調融資やリスケジュールに前向きになる可能性があります。これは、融資によって資金調達の選択肢が広がるという、これまでの常識とは逆の現象です。
財務健全化による将来的な投資余力の確保
資本性が高い資金を確保しておけば、将来的な電子カルテ更新、医療機器投資、施設改修といった設備投資を計画的に行う余力も生まれます。資本を厚くすることは、防衛策であると同時に、攻めの経営に転じる第一歩ともいえるのです。
資金繰りの余裕による職員待遇改善
返済の猶予があることで、目先の資金繰りに余裕が生まれ、人件費の確保や処遇改善に投資できる点も大きな魅力です。スタッフ定着率の向上や人材確保は、医療の質を維持・向上させる上でも欠かせません。
7. 利用の流れと今後の動向
新しい病院向け資本性劣後ローンは、2026年早期の運用開始が予定されています。詳細な申請フローや条件は今後の正式発表を待つ必要がありますが、既存のWAM融資の仕組みをベースにすると、以下のようなステップになると予想されます。
想定される利用の流れ:
- 制度の公表・募集開始(2026年初頭予定)
厚労省や福祉医療機構のホームページで詳細発表 - 事前相談・申請準備
財務書類や医療体制の報告書類を用意
WAMに相談し、条件をすり合わせ - 申請書提出・審査
・過去の決算内容、債務状況、診療実績などをもとに審査
・処遇改善計画や医療維持体制が評価対象になる可能性あり - 融資決定・実行
・決定後、資本性ローンとして融資が実行される
・最長数年間は元本返済不要、利息支払いのみ - 協調融資の交渉
・資本強化後に銀行等と連携し、追加資金を確保できる可能性も
今後の注目ポイント
- 補正予算の成立と制度内容の確定(2025年末〜2026年初)
- 対象施設の範囲(中小病院への拡大余地)
- 金利水準や返済期間の具体設計
- 他の補助金・支援制度との併用可否
特に、制度の対象がどこまで広がるかは大きな注目点です。現在の案では基幹病院が中心ですが、経営が逼迫する中小規模病院の声を反映し、より柔軟な適用範囲に広がることも期待されます。
8. 専門家のサポートを得るべき理由
資本性劣後ローンは、通常の融資とは異なる性質を持ちます。「借りられれば良い」というものではなく、事前の戦略設計と活用目的の明確化が成功の鍵を握ります。
相談すべき専門家とその役割
- 顧問税理士・会計士
→ 自己資本比率や債務超過リスクの整理、必要資料の作成支援 - 資金調達や銀行交渉に強い中小企業診断士
→ 資本性ローンをベースとした協調融資の提案サポート - 地域金融機関の担当者
→ 金融機関との連携や追加融資の可否判断 - 福祉医療機構(WAM)の事前相談窓口
→ 制度詳細の確認、申請前の適用可能性チェック
制度を最大限に活かすためには、複数の専門家との連携が不可欠です。特に、財務戦略としてこの融資をどう位置付けるかが、資金繰り改善だけでなく、今後の成長・再建の方向性を左右します。
9. まとめ:制度を追い風に資本改善の一歩を踏み出す
資金繰りが厳しい中小病院にとって、今回創設される病院向け資本性劣後ローンは、単なる資金援助にとどまらず、「経営体質の抜本的改善」を図るチャンスとなり得ます。
- 自己資本として評価されることで、財務バランスが改善
- 返済猶予により、日々の資金繰りに余裕が生まれる
- 他の金融機関からの融資獲得にもつながる可能性
- 財務体質の強化 → 投資・医療の質向上への好循環へ
財務の不安を抱えながらも、地域の医療を守り続けている病院こそ、こうした制度の恩恵を最大限に活かすべきです。
運用開始は2026年初頭予定とされていますが、今から準備を始めることが、数年後の経営を左右する一歩になります。まずは、制度の最新情報を継続的にチェックし、自院の財務状況を正確に把握しておくことが重要です。
▶︎ 次のアクション:
- 顧問税理士や中小企業診断士と自院の財務体質を再確認
- 福祉医療機構の動向を定期的にチェック
- 制度の詳細が公開され次第、すぐに相談・準備を開始
10. 次の一手は、信頼できる専門家との連携から
新たに創設される病院向け資本性劣後ローンは、単なる資金調達手段ではなく、中長期的な財務改善戦略の一環として活用できる制度です。
しかし、制度の性質や審査のポイント、将来の資本政策にどう位置づけるかといった判断は、専門的な知識と経験が求められます。
資本性劣後ローンを経営の武器に変えるには、専門家のサポートが鍵
税理士法人V-Spiritsグループには、税務・労務だけでなく、資金調達に精通した財務コンサルタントと中小企業診断士が在籍しています。
特に、
- 元日本政策金融公庫の支店長
- 元信用金庫の法人融資担当者
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この記事を書いた人
三浦高/Takashi Miura
元創業補助金(経済産業省系補助金)審査員・事務局員
中小企業診断士、起業コンサルタント®、
1級販売士、宅地建物取引主任者、
補助金コンサルタント、融資・資金調達コンサルタント、
産業能率大学 兼任教員
2024年現在、各種補助金の累計支援件数は300件を超える。
融資申請のノウハウも蓄積し、さらに磨きを掛けるべく日々事業計画書に向き合っている。

この記事を監修した人
多胡藤夫/Fujio Tago
元日本政策金融公庫支店長、社会生産性本部認定経営コンサルタント、ファイナンシャルプランナーCFP(R)、V-Spirits総合研究所株式会社 取締役
同志社大学法学部卒業後、日本政策金融公庫(旧国民金融公庫)に入行。 約63,000社の中小企業や起業家への融資業務に従事し審査に精通する。
支店長時代にはベンチャー企業支援審査会委員長、企業再生協議会委員など数々の要職を歴任したあと、定年退職。
日本の起業家、中小企業を支援すべく独立し、その後、V-Spiritsグループに合流。
長年融資をする側の立場にいた経験、ノウハウをフル活用し、融資を受けるためのコツを本音で伝えている。


























